昨日広島で

原爆投下から74年の平和式典が行われたそうです

 

 

新聞に原爆ドームの前を流れる川で

「とうろう流し」をする人々の写真がありました

 

 

どのような思いで原爆の日を今年も迎えられたのでしょう・・・

 

 

 

 

 

詩人

谷川俊太郎さんの代表作に

 

【生きる】という題名の詩があります

 

生きているということ

今生きているということ

 

から始まる詩の全文は福音館書店 絵本「生きる」をお読みください

 

もし

まだ読んだことがない方は一読されることをお勧めします

 

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先日あるお母さんから

 

「子どもがヒーローもの、戦いごっこなどにはまっているが

大丈夫だろうか・・・?」というご相談を受けました

 

 

わたしはモンテッソーリ教師として

3歳までは無意識的吸収期であることからも

積極的に「戦い」の場面は見せないようにするべきだと考えています

 

 

なぜなら

 

その「戦い」が「本物ではない」ことも

「実際に起こっていることではなく虚構の世界である」ことも

 

まだ子どもは理解できないから、です

 

 

 

見たものをそのまま丸ごと吸収する、のが無意識的吸収期にあるお子さん

 

 

キックしてもパンチしても

かっこよく見えるのであれば、もちろんそのまま受け取ります

 

 

 

年齢とともに

 

これは虚構の世界であって、

嘘だから

 

本当のお友達にしてはいけないことや

 

「ごっこ遊びとしてやるもの」という理解は追いついてくるでしょう

 

 

黙っていても幼稚園などに入ればお友達の影響も受けて

知ってしまう世界ではあります

 

 

ですが

 

 

やはりそれは

 

人間ではない

変身したヒーローの世界であって

 

 

実在するこの「私たちが生活している世界」とは違うものとしてあるので

子どもは勘違いせずにいられるのかもしれません

 

 

 

 

一方

 

実物と同じように作られたピストルや機関銃などの兵器のおもちゃやプラモデル

 

実戦には今のところ使われてはいないけれどそれも可能な戦車や戦闘機・・・

 

 

それらは私は「かっこいい」とはけして言うことはできません

 

 

 

一度息子がヒーローものと混同して「ピストル」(モデルガン)を

 

「かっこいい」と言った時があって

 

 

わたしは「それは違う」とその時ばかりは真剣に

「これは人を殺める道具として存在していること」

「お母さんはそれをカッコいいとは呼べないと思うということ」

「人を殺める兵器がある限り、戦争はまたいつでもどこでも起こりうるということ」

 

 

だから私はこれを認めないと結構強い語気で子どもに伝えたことがあります・・・

 

 

 

ただ見た目だけで「かっこいい」と認めるなら

 

それが使用される本来の目的「戦争」までも認めることになるのではないかと危惧するからです

 

 

 

とてもデリケートな問題ですが

 

武器を持たなければ「話し合い」で解決するしかないのに

 

「武器を持っていれば」解決方法は話し合いだけでは済まなくなるのは当然のことです

 

 

 

目的がたとえ「愛する人や国を守るため」であっても

戦争は、しない

武器は、持たない

 

 

 

その選択が今はまだできるのですから

 

わたしは愛する子どもたちを

 

戦争に使われる可能性のあるものから少しでも遠ざけたい・・・と

 

切に願います

 

 

子どもたちに平和な世界を

 

 

 

モンテッソーリアンとして

一人の母としての

私の「選択」です